あらすじ
「よく考えたらすっごい普通の名前だよね」
「よく考えなくても普通の名前だよ」
こんな風になんでもない日常が普通につづいているのは、この町が普通に平和だからだ。そこで暮らす普通の人たちには、なかなかこの奇跡みたいなことに気づけない。それがあたりまえの普通だからだ。
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佐藤ナオは今年の春からこの町にある普通の美大に通っている。美大だから、友達はみな個性的だ。そんな友人たちに囲まれて、普通なナオは自分の普通さに辟易する。いまは夏休みだから、学校は休みだ。
ナオのアルバイト先は普通の小さなカフェだ。いまはだいたい普通に週三くらいで働いている。ここのアルバイトは、叔母のユウカに紹介してもらった。地元を出てきたばかりのナオにとって、この町で一人暮らしするユウカは、姉のような、また母親のような存在だ。
アルバイト先の鈴木夫妻は普通にいい人だ。ナオはアルバイトでお金を貯めたら、どこか知らない海外に行ってみたいと思っている。いっぽうカフェを経営する夫のケンジは、店の売上げを気にする。この店は駅前だが、人通りの多い大通りから一本外れたところに位置する。飲食店の人気を大きく左右するのは、その立地だ。
一人の男が来店する。男は店の入り口に置かれてあった一枚のチラシを手にする。それは今度ナオが、大学の仲間うちで開催することになっているグループ展示のフライヤーだ。男はそこに載っていたひとつの絵に目を留める。
ところでこの男は普通ではない。有名な美術批評家かもしれないし、もしかしたら有名なアーティストかもしれない。