『木星のおおよその大きさ』に関して⑥
「餅つき型」発話とは

突然だが「Peeping Life」というアニメーション作品をご存じだろうか。

森りょういち監督による一連の短編3Dアニメシリーズであり、このシリーズで特徴的なのが、劇中の会話がすべてアドリブによって構成されていることだ。

「Peeping Life(=生活を覗き見)」というタイトルどおり、切り取られた日常のワンシーンはとてもリアルだ。設定だけを決められた中でのアドリブ(つまりエチュード)から立ち上げるという、通常とは逆の作業工程から生まれたこのシリーズは、あまりアニメでは見たことのない独特な手触りをもっている。キャラクターの微妙なニュアンスのしぐさも、演技者からのモーションキャプチャーによるものらしい。

YouTubeにも何本も動画が上がっているので見たことがある方も多いと思うのだが、今回はまずはこれをご覧いただきたい。

桃屋『ご縁ですよ!』【第1話 ラー油ちゃんの場合】

企業PRのためのコラボシリーズも多いのだが、これは桃屋とのコラボレーション、第一本目である。ちなみにこの「ご縁ですよ!」シリーズは、本作の脚本の一部で参考にさせていただいた経緯もあって例として挙げた。

映像内で為される会話はテキストからではなく演技者から生まれたものだ(ちなみに男性のほうは監督自身がやっている)。この演技がアドリブかどうかは、映像を見るだけでなんとなく判別がつくのではないだろうか。つまりこの会話にはなにか「リアル」なものを感じる。CGアニメのキャラクターがそれをするので、なにか不気味な可笑しみが生まれている。

演劇において、演技には再現性が必要となる。再現性とはいわば脚本の存在だと言える。
そこに脚本があるかないかを、私たちはきっとかなりあっさりと、感覚的に見分けることができる。アドリブの発話と脚本から立ち上げられた発話は、具体的にはどう異なるのだろうか。

こちらは先ほどの映像の会話を文字に起こしたものだ。

この書き起こしのテキストは、いわば脚本といえる。
だが、この「脚本」を元にして先ほどの場面を立ち上げたとしても、映像のようにはおそらくならない。うまくいかないと思う。

再現する際にまず引っかかりそうだと予想される点を挙げてみる。

 

■「キャッチボール型」発話

脚本の表記として、セリフは各セリフを発する役名を冠のようにアタマに載せて記述される。たいていそれは時系列順に(今回は登場人物が二人なので)交互に並べられる。

演技者にとって、セリフを発するためには動機が必要となる。その動機となるものを、たいていは脚本上からもってこなければならない。

脚本上で、セリフが交互に書かれていると、どうしても発するセリフの前の台詞に発話の動機を置きがちになる。つまり前に喋った人の台詞を受けて自分の台詞を発する、というかたちの発話が起こる。

これを「キャッチボール型」と表現する。
いわゆる「会話のキャッチボール」というやつだ。

 

■「餅つき型」発話

これを踏まえて映像を見直すと、かなりの箇所で、発話動機はその前に自身で発したセリフになっていないだろうか。

話し相手の台詞は、一人の継続する意識のなかにポンポンと挟み込まれるだけだ。つまりは餅つきの時のひっくり返す手のような感じで入ってきて、それは「餅をつく動作」自体には干渉しない。

よって、このような発話を「餅つき型」と呼ぶ。


発話動機を示した図
「キャッチボール型」を実線、「餅つき型」を点線で示している

日常的に私たちがおこなっている会話は、簡単に言ってしまえば、「キャッチボール型」と「餅つき型」の併用で為されている。そして「キャッチボール型」か「餅つき型」かで言うと、割合的には「餅つき型」発話の頻度が多くなる。

しかし用意されたテキストから会話を紡ぎ出す場合、セリフが交互に表記されているからという理由だけで、どうしても「キャッチボール型」が増えてしまう。

日常会話(アドリブ)かテキストに基づいた演技か、感覚的にわかる大きな違いというのは、まずはここにあるのではないだろうか?

比較をすると「キャッチボール型」は重く、「餅つき型」は軽い。演技が重くなるひとつの原因として、「キャッチボール型」発話の多用が関係しているように思えるのだ。

「キャッチボール」型/「餅つき」型併用の発話動機を示した脚本全体

最後に上の脚本を参照しながら映像を見てほしい。人のする会話がいかに複雑で豊かなのかがわかっていただけるかと思う。

 

劇作家・演出家。 愛知県出身。 2007年-2015年、演劇カンパニー「わっしょいハウス」にて、主宰・劇作・演出として活動。現在は個人名「犬飼勝哉」として作品を発表する。