『木星のおおよその大きさ』に関して③
ディテールとニュアンス

今回の稽古の中盤あたりから口ぐせのようになっているのが、「ディテール」と「ニュアンス」という言葉だ。

簡単に説明してしまうと、ディテールとはセリフで発する事柄の詳細な描写のこと。ニュアンスとはセリフの言葉の意味自体にさらに乗せられる「言い含み」のこと。この二つが適切にセリフに乗せられていないと、言葉が機能しないことに気がついた。

こんな当たり前のことに今さら気づいたのかという感じなのだけれども、まあ、今さら気づいた。特に今回の脚本のセリフでは、ここをしっかりさせないとホンモノの空虚に陥る気がする。

■「縦になってる双子用のベビーカー」

これはその気づきが意識化したきっかけとなった、脚本上に出てくるセリフなのだが、「縦になってる双子用のベビーカー」というのをきちんと頭の中に想像して発した時と想像せずに発した時の言葉の響き方は異なる。

「ディテール」が想像されているかどうか、普段私たちは頭で考えたことを言葉にして発するから、普通に「ディテール」が想像されている。しかし脚本は文字として作家から渡された他人の言葉だから、この「ディテール」が抜け落ちることがある。

もちろん、「ディテール」があった時のほうがセリフは断然、面白く発されることになる。

ちなみにこの「縦になってる双子用のベビーカー」というのは、脚本上とくに重要となってくるモノではない。つまりこのレベルの単語なら無数に脚本上には存在している。

そのすべてに気をかけておかなければならないと思うと気が遠くなる。しかし稽古に付き添っている感覚だと、ひとつの意識の変換をするだけで、だいたいのディテールに対応できる、というモノかもしれない。シラミ潰し的に「ディテール」を洗い出していくと、引っかかりが増えて演技が重く(遅く)なりそうで、それは好まないところだ。

■ニュアンスとは

上に引用した「縦になってる双子用のベビーカー」を例にすると、その詳細が「ディテール」。これにも増して重要となってくるのが「ニュアンス」であって、これはどのような意図が乗ってその言葉が発されたかを想像することだ。

きっとこれはその前のセリフに出てくる「横になってる双子用のベビーカー」に対応している。つまりここの「縦になってる」というのは、その前に発されたセリフの「横になってる」に対比して発される。この対比が、ここで言う「ニュアンス」だ。

これはちょっと、例に挙げた場所が悪かったかもしれないから、改めて説明する。

たとえば茶色い鞄がある。この茶色い鞄自体を想像するのが「ディテール」、茶色いと言って「黒ではないこと」を強調するのが「ニュアンス」だ。つまり「茶色い」と言いながら、発話者は「黒ではない」ということをいちばんに主張している。

しかし脚本上では「茶色い」というセリフしか用意されていない。ここをどのくらい汲み取れるかが重要となる。

私たちは普通に言葉を普段から話しているが、その発される言葉には言葉の意味以上に言い含められた「ニュアンス」が乗っている。そして私たちは相手の発した「ニュアンス」を当たり前のように感じ取り、コミュニケーションをおこなう。

演技では、しばしばこの「ニュアンス」が単純化してしまう。普段の生活ではもっと複雑なやり取りをしているのに、それが省略される。これもまた、脚本という書き言葉によってセリフが用意されることの弊害のひとつだと思う。

劇作家・演出家。 愛知県出身。 2007年-2015年、演劇カンパニー「わっしょいハウス」にて、主宰・劇作・演出として活動。現在は個人名「犬飼勝哉」として作品を発表する。