[日誌]5月15日『ふたたび接近する木星』2出演者による記述

 稽古場に向かう途中、偶然犬飼さんと会う。ゆるく曲がった道を歩きながら、「いやな道のりですね」と犬飼さんが言った。先週の稽古で台本を書き直すことになってしまったからかもしれない。チケットの先行特典である戯曲集を誤字脱字確認がてら読んで、それがおもしろかったことを伝える。みっつめの戯曲が特に好きだった。印刷をするといって犬飼さんはコンビニに寄り、わたしは先に稽古場へ。

 稽古場に全員が揃い、新しい台本が配られる。西山さんが台本を見て「楽譜みたい」と言った。それぞれのセリフが入り組んでいる。この日の稽古は、この台本を短い時間でどれだけ完成に持っていけるかが重要だと犬飼さんが言った。
 それぞれ位置について座りながら読んでみる。わたしが前回の稽古で感じた、他のひとたちとのズレは感じない。違和感なくするすると読めたので、性格的にこちらのほうが自分に近いのだろう。何度か座って読んでみる。
 立って読んでみる。前回よりもそれぞれ移動する動きが多い。出演者5人でその場を作っているようで、前回よりもしっかりと時間を感じた。何度か繰り返し、途中で観客側と舞台側の距離をとるために全体の位置を変える。舞台が少し狭くなったので、移動したあとの着地点も変わる。微妙な位置についてしまうので、その後につながるよう都合のいい場所に、なんとなく移動してみる。どう動いても成立する自由さがいいと犬飼さんが言った。
 何度か動きながらやってみる。きちんと成立させるためにはどうするべきか、解決策をあげながら何度も試す。互いを意識しながら読む、というのが難しくて頭が混乱してしまう。しかしその空間、時間、関係性が密に立ち上がっていく、積み重なっていく感覚がつかめそうな気がした。共有しないと共存できないのだと、改めて思う。
 繰り返しやっていると、毎回どうしてか引っ掛かるセリフがあることに気づく。素直に落とし込めない、言いづらい、など。その引っ掛かりが外に表れているかはわからないが、自分なりのイメージと違うのでしっくりこない。変えて読もうと思ってもうまくいっていない気がして、なかなか消化できずに残ってしまう。こんな時に、自分からどれだけ離れられるかということを考える。いくら自分と近くても、紙面に文字でしか存在していない人物は他人なのだ。

 台本はまだ書きかけのもので、この日の成果をもとに完成させるとのこと。稽古が終わり、飲みに行くひと、帰るひとで別れる。犬飼さんと演出部の関田さんと駅へ向かいながら、台本が完本するタイミングについての話になる。本番まで一ヶ月はある、まだ大丈夫、とわたしは思うのだけれど。

1995年千葉県生まれ。 高校在学中に出演した自主映画をきっかけに、役者としての活動を始める。 <映像>「彦とベガ」(谷口未央監督)「戦慄怪奇ファイル超コワすぎ!FILE-01 恐怖降臨コックリさん」(白石晃司監督)「なりゆきな魂、」(瀬々敬久監督)など。<舞台>ナカゴー「キンダガートンコップ」ほりぶん「牛久沼」東葛スポーツ「短編集」など。