『木星のおおよその大きさ』に関して①
ラインの抽出

これから数回に分けてする話は「リアルな演技」に関する、おそらく何周目かにあたる焼き直しだ。

演劇において、その演技をリアルではなくしているその大きな要因は脚本の存在である。俳優が発する言葉がセリフとして、あらかじめ決められていること。
さらに脚本の表記のされ方が視覚的イメージを形成し、演技者の意識の流れに影響を及ぼす。

■脚本が与える視覚的イメージ

これは今回の脚本の一部分。
たいていの脚本はこのように記述されていると思う。右から左に(あるいは上から下に)言わば時系列順に、セリフと役名が羅列される。

俳優はこのように書かれた脚本を使ってシーンを立ち上げることになる。その際にこの表記方法が俳優の意識に大きな影響を与えてしまう。

これはまるで一本の矢印のように見えないだろうか。俳優は、ほかの俳優らとの共同作業によって一本の大きな流れを組み立てなければならない、間やテンポを駆使して。そんな感じがする。

しかし普段おこなっている会話では、意識はそのように流れていない。こうなっているはずだ。

つまり、セリフがない時にも意識は流れている。セリフを発する時はON、セリフがない時(相手のセリフを受け取る時)はOFFになるのではない。つねに意識はONの状態で、ONの状態のまま言葉を発する時と発していない時がある、というのが正しい。
セリフがある時とない時が限りなく同質に近づくのが理想だ。

「会話のキャッチボール」という喩えがあるが、私たちは普段、話す/聞くをほぼ同時におこなっている。つまり「キャッチボール」という喩えはあまりに簡単すぎる。相手からの返球を待つ際に動作がストップするところが喩えとして良くない。話す/聞くのターンテイキングはもっと流動的で複雑なはずだ。

大きな一本の矢印のイメージを視覚的に与えられることでこの(魅力的な)複雑さが消える。つまりリアルでなくなる。

■ラインの抽出

そこで上記の脚本表記から、演じる配役の意識を取り出す(変換する)ことをひとつの技術と考える。これを「ラインの抽出」と呼ぶ。

俳優は演じる人物ひとりの「ライン」を、脚本から「抽出」しなければならない。そしてそれぞれの俳優が個別の「ライン」を走らせる。これによりターンテイキングが複雑な会話を生む。

ここまではかなり当たり前のことを言っている。しかしあえてこの点を強調しておかねばならないほど、脚本表記の与える視覚的イメージの影響は強力で、ついつい演技者の意識はそちらに引き戻される。

 

劇作家・演出家。 愛知県出身。 2007年-2015年、演劇カンパニー「わっしょいハウス」にて、主宰・劇作・演出として活動。現在は個人名「犬飼勝哉」として作品を発表する。