[日誌]5月17日『木星からの物体X』3 切削作業Ⅲ

稽古場に来るのはこれで3回目なのだが、なぜか初めて道に迷ってしまった。完全に覚えていたと思ったのに。今回は演出不在の自主稽古である。

演出助手の私と俳優さん3人が揃い、「セリフの早回し」についての話題になる。「セリフの早回し」とは諸々の演技はさておき、とにかくセリフを演じ手がどれだけ早く言えるのかを追求して発話する稽古法である。主にセリフ覚えのために行われることが多い。西山さんは早回しの経験はほとんどない一方で、浅井さんと本橋さんは稽古中にやる舞台もあるそうだ。浅井さんに至っては、早回しをしながら何かゲーム的なものもやる高難易度の稽古もしたことがあるそう。とりあえず今回はセリフを固めるため早回しのタイムを上げることを目指す部活動と化した。

『木星からの物体X』(以下『物体X』)の部分の上演時間は約30と予想され、早回しではその半分の15分を目指したが、1回目の早回しは20分であった。後半のセリフがもたつき、探り探りになったのだ。

一度台本を見ながら早回しをするとタイムは16分であった。おそらくこれが理想的な早回しである。ここで一度休憩を入れる。

西山さんは2度『物体X』の上演を経験されているが、早回しはなかなか難しいという。慣れすぎた分、「そうですね」などの相槌を無意識に別のものに変えてしまっている部分があり、早回すと混乱するそうだ。ただそれは浅井さんから言わせると「「そうですね」を甘く見ている」らしい。

休憩後、本橋さんからもっとリラックスした状態で早回しができないかという提案が出た。本橋さん曰く、「固まってしまっている」らしい。そこでかなりのフリースタイル早回しを行うことになった。

この様子は—全く別の演劇になってはいたが—かなり面白いものだった。タイムを計り忘れていたが、少し「ほぐれた」ようである。

次に早回しをしながら指令をこなすという難易度を上げた稽古を行なった。3人が早回しをしている前に私が椅子に座っている。西山さんはわたしが立ち上がろうとしたらそれを止める。浅井さんはわたしがどこか体の一部を掻いたらそれを心配する。本橋さんは私が扇いだら室温を心配する。このような制約の下なるべく早くセリフを言う。セリフ覚えな曖昧な部分は、別の動作が入ると途端につっかえてしまうことが多かった。

何が変わったのか、セリフを発していないわたしには分からない。しかし本橋さんは「相当ほぐれた」と満足げであった。その後もう一度制約なしで早回しを行うとタイムは17分であった。一定の効果はあったようだ。

この稽古により、おそらくこれまで稽古場で追求されていた「リアリティ」や、それからの「逸脱」は多少失われてしまったかもしれない。これが言い過ぎならば、そこからは少し遠のく方向に作用したかもしれない。それならば必要のない稽古だったかといえば全くそうではないだろう。最後に一回立ちで通した。「リアリティ」の面からいうと以前よりもやはり遠ざかる面はあったかもしれないが、確実にセリフはおさえられ、俳優の方々の不安感みたいなものは払拭されていた気がする。

 

 

「稽古」は舞台芸術に独特の過程である。過程としては、小説における「推敲」や映画の「編集」と近いものがあるようで、内実は全く違うのかもしれない。道に迷ったのも、あれはわたしにとって必要な過程だったのかもしれない。

1996年埼玉生まれ埼玉育ち。 早稲田大学文学部ロシア語ロシア文学コース在籍。同大学演劇サークルに所属。